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Let’s Think About Life with Dementia #4 Keep asking yourself, “What would I do?”―Learning Through the Case Method

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Supporting my fav seniors #18 Cherry blossoms and productivity

 In Japan, spring is the time to appreciate and enjoy cherry blossoms in full bloom. For centuries, cherry trees have been planted in various places, from roadsides and parks to shrines, schools, and government offices.   Some people would look up at budding cherry blossoms, looking forward to the spring while shivering in the cold. Others would identify themselves with blooming cherry blossoms, feeling excited as they start a new chapter in their lives.   Still others shed tears filled with emotion, finding beauty and fragility in the falling cherry blossom petals. Cherry blossoms are so close to our lives that no one in Japan wonders why news programs feature cherry blossom forecasts.   To celebrate and appreciate this beautiful gift of nature, many local communities organize cherry festivals. These events are quite simple: People would just stroll under cherry trees while eating food they brought from home or purchased from stalls run by local ...

推し活とプロダクティブ#18 「サクラサク」とプロダクティブ

  日本では、春といえば桜、お花見を思い浮かべる人が少なくない。 昔から、街路樹、公園や神社、学校に役所に、さまざまな場所に桜が植えられてきた。   まだまだ寒さ厳しい時期に膨らみ始めたつぼみを見上げて春を想う人。 咲き始めた桜に新たな生活のはじまりを重ねてワクワクする人。   そして、散り始めた桜の花びらの美しさとはかなさに感動の涙を浮かべる人。 開花予報がニュースのトピックになることを不思議に感じる人がいないくらいに馴染んだ花が桜だったりする。   そんな桜の開花にあわせて地域で企画されているのが桜祭り。 地域の団体や露天商が出すお店で買った食べものや持ってきたお弁当を桜の下をそぞろ歩きしながら食べるだけのイベント。   芸能人がきたり、地域のグループがダンスや歌を披露したり、ショーがあるところもあるけれど、基本は桜を眺めることがメインイベント。 不思議なのは、知らない人どうし、桜を見上げ、目があえば「きれいですね〜」なんて会話がそこかしこで生まれていること。   皆が笑顔で、普段、閉じこもっている様な高齢男性も出てきて、嬉しそうにビール片手に楽しんでいること。 そこにあるのはなんとなしな一体感であり、きれいに写真が撮れる場所を教えるような誰かに嬉しさをわける気持ちだったり。   居場所づくりって、こんなことなのかな … 。 プロダクティブ、人になにかをシェアする、シェアしあうってこういうことなのかな … 。   桜の季節限定だけれど、ゆるやかな居場所、プロダクティブが生まれる姿に色々考える春。 サクラサクに代わるプロダクティブのタネ、探していきたいな … 。   ---------------------------------------------------------------------------- 東海大学健康学部健康マネジメント学科 ウェルビーイングカレッジ 澤岡詩野( SHINO SAWAOKA ) jzt1864@tokai.ac.jp 健康学部公式サイト: https://www.tokai-kenko.ac/ ----------------...

認知症の人の暮らしを考える #4 「自分ならどうする?」を問い続ける――ケースメソッドでひらく学び

  認知症とともに生きる人の「暮らし」を考えていくとき、日々の生活に関わる多様な人の存在が欠かせません。中でも、地域づくりのキーマンとして各市区町村に配置されている「認知症地域支援推進員」のみなさんは、本当に心強い存在です。   ここ数年、いくつかの自治体で推進員のみなさんとご一緒する機会がありました。研修の企画や講師、あるいは現場での日頃の悩みをお聴きする中で、私自身、この役割の「大きさ」と「難しさ」を、これまで以上に強く感じるようになっています。   実は、推進員になる方の多くは、もともと目の前の一人ひとりに向き合う「個別支援」を中心にしてきた方々です。それが推進員になった途端、「地域づくり」という大きなミッションを担うことになり、その役割の変化に戸惑ってしまう方も少なくありません。   現場のリアルな声に耳を傾けると、こんな切実な思いが聞こえてきます。 「推進員の役割が職場で十分に理解されていない」 「目の前の業務を回すだけで精一杯で、地域に十分目が向けられない」 「地域の方にどう伝えればいいのか、自分の言葉が見つからない」   さらに、地域の中には「認知症になったらおしまい」「どうすれば予防できるか(ならないで済むか)」という不安や先入観が、想像以上に根強くあります。もちろん、地域の人たちは悪意があるわけではありません。けれど、その言葉やまなざしは、認知症のご本人やご家族にとって、ときに「見えないバリア」となって、立ちはだかることがあります。   このバリアを前にして、推進員のみなさんは「自分に何ができるだろう」「どうすれば、この先入観を少しずつ変えていけるだろう」と問い続けています。その問いに向き合うために大切なのは、ご本人の声を聴くことはもちろん、「知識として学ぶだけでなく、実際の場面を自分自身の言葉で考える機会」をつくることではないかと考えました。そこで、文部科学省の研究費助成( JSPS 科研費 JP21K01985 )をいただき、仲間とともに「ケースメソッド」を用いた研修教材の作成に取り組んできました。   ケースメソッドとは、ビジネススクールなどでも活用されている学びの手法です。「ある困難な場面に直面している主人公」になり...

Is the grass really greener on the other side? Comparing Japan and Germany #1 Finding a pitfall at a supposedly heavenly hospital in Japan

 I have been living in Germany for quite some time. Last fall, for the first time in decades, I had a hospital experience in Japan as I accompanied my mother for surgery. What surprised me was the number of nurses working on the floor. There’re just so many! According to OECD’s statistics, the number of nurses per 1,000 people is 12 for both Germany and Japan, but it looked as if the Japanese hospital had 50% more nurses. I asked myself why and came up with some possible answers. In Germany, about half of the nurses work part time. They also take almost all paid leave days and often miss work. From what I heard, Japanese workers are far less likely to work part time and miss work. I’m not sure how OEDC collects the data, but I would say the difference may reflect the actual working hours rather than headcount. Another difference was the role played by administrative staff. In Germany, you would almost never see them at a nurse station. But in Japan, they were playing key roles th...

となりの芝生はホントに青いか?ドイツと比べる#1 日本で入院。天国にも落とし穴

  ドイツに住んで長い私であるが、昨秋母の入院に付き添い、日本での入院を何十年ぶりに体験した。  驚いたのは現場での看護職の多さだ。 OECD の統計によると、人口千人当たりの看護職員の数はドイツと日本はほぼ同じ 12 人だけれど、 1.5 倍くらいいるように見えるのだ!なぜだろうか。ドイツはパート勤務が半分を占めるのと、有給休暇ほぼ全部消化する上、欠勤がとても多い。日本は欠勤もパートタイム勤務もまだまだ少ないと聞いている。 OECD の統計の取り方はわからないけれど、おそらくこの差は実働時間の長短からくるものではないか。     看護職が多く見えるのは、看護師によるものだけではない。ドイツのナースステーションでは姿を見ることのない事務職員さんが活躍していたのだ。ドイツだったら看護職員がするであろう、病床への案内や滞在中の注意、金銭・事務的な事を患者さんに説明していた。看護職員は医療に集中できるわけだ。ナースコールを押すと割とすぐに来てくれるし、飛躍しがちな高齢の母の話にも耳を傾けてくれた。ナースコールが形骸化していた(最近は少し改善したが)ドイツから来た私にとっては天国に見えた。  でも、後から天国にも落とし穴があったこともわかった。 母が受けたのは、ドイツだったら高齢者であっても数日(若い人なら日帰り)で退院するような軽めの手術だった。 2 日後にはほぼ回復していたのに、入院は 5 日と長かった。これが後遺症を残した、と私は思っている。退院後、自宅に戻ったら、玄関の段差が克服できなくなっていたのだ。「よいしょ」と声をかけながら何度も試みたが、できない。長い入院により、元々弱かった足腰がさらに弱ってしまったようだ。その結果、その後は立ち上がることも難しくなり、自宅に住むことができなくなってしまった。  ドイツは約 20 余年前、それまでは国際比で長かった在院日数を短くするため、患者を短時間で退院させるほど病院が儲かる仕組みに変更した。以来、傷が完全に治っていなくても退院させられことが増え、患者にはしんどい制度になった。メディアでは「出血退院」などと批判もされた。一方で在院日数短縮は、医療費削減のためだけではなく、患者の健康回復のため、とも当時言われていた。すっかり忘れていたが、今回はこれを母の身をもって体験させられた形だ。そして、患者に厳しめのドイツの...

Supporting my fav seniors #17 Getting a little revenge with Japanese New Year cuisine “Osechi Ryori”

  Mrs. A: “I should start buying ingredients for Osechi Ryori pretty soon. Stores must be crowded next weekend, and I’d rather avoid that.” Mrs. B: “Wow, you’re making Osechi yourself? That’s a lot of work to do. How nice of you! It that because you’re having a family gathering?”   Mrs. A: “No, we aren’t getting together. But my husband now has no one to visit and enjoy Osechi together for New Year. So I kind of feel sorry for him.” Mrs. B: “But it sounds like life is much easier now. You no longer need to visit your husband’s parents’ house, helping prepare Osechi and acting as “good daughter-in-law” every minute. What a relief! It must feel as if you were in heaven.”   I overheard this conversation with big laughs between two women, probably in their mid-70s, at the sauna of a local gym. They went on and on, talking about how painful it had been as daughter-in-law to visit the husband’s parents’ house for New Year.   While listening to this conversa...