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推し活とプロダクティブ#18 「サクラサク」とプロダクティブ

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認知症の人の暮らしを考える #4 「自分ならどうする?」を問い続ける――ケースメソッドでひらく学び

  認知症とともに生きる人の「暮らし」を考えていくとき、日々の生活に関わる多様な人の存在が欠かせません。中でも、地域づくりのキーマンとして各市区町村に配置されている「認知症地域支援推進員」のみなさんは、本当に心強い存在です。   ここ数年、いくつかの自治体で推進員のみなさんとご一緒する機会がありました。研修の企画や講師、あるいは現場での日頃の悩みをお聴きする中で、私自身、この役割の「大きさ」と「難しさ」を、これまで以上に強く感じるようになっています。   実は、推進員になる方の多くは、もともと目の前の一人ひとりに向き合う「個別支援」を中心にしてきた方々です。それが推進員になった途端、「地域づくり」という大きなミッションを担うことになり、その役割の変化に戸惑ってしまう方も少なくありません。   現場のリアルな声に耳を傾けると、こんな切実な思いが聞こえてきます。 「推進員の役割が職場で十分に理解されていない」 「目の前の業務を回すだけで精一杯で、地域に十分目が向けられない」 「地域の方にどう伝えればいいのか、自分の言葉が見つからない」   さらに、地域の中には「認知症になったらおしまい」「どうすれば予防できるか(ならないで済むか)」という不安や先入観が、想像以上に根強くあります。もちろん、地域の人たちは悪意があるわけではありません。けれど、その言葉やまなざしは、認知症のご本人やご家族にとって、ときに「見えないバリア」となって、立ちはだかることがあります。   このバリアを前にして、推進員のみなさんは「自分に何ができるだろう」「どうすれば、この先入観を少しずつ変えていけるだろう」と問い続けています。その問いに向き合うために大切なのは、ご本人の声を聴くことはもちろん、「知識として学ぶだけでなく、実際の場面を自分自身の言葉で考える機会」をつくることではないかと考えました。そこで、文部科学省の研究費助成( JSPS 科研費 JP21K01985 )をいただき、仲間とともに「ケースメソッド」を用いた研修教材の作成に取り組んできました。   ケースメソッドとは、ビジネススクールなどでも活用されている学びの手法です。「ある困難な場面に直面している主人公」になり...

Is the grass really greener on the other side? Comparing Japan and Germany #1 Finding a pitfall at a supposedly heavenly hospital in Japan

 I have been living in Germany for quite some time. Last fall, for the first time in decades, I had a hospital experience in Japan as I accompanied my mother for surgery. What surprised me was the number of nurses working on the floor. There’re just so many! According to OECD’s statistics, the number of nurses per 1,000 people is 12 for both Germany and Japan, but it looked as if the Japanese hospital had 50% more nurses. I asked myself why and came up with some possible answers. In Germany, about half of the nurses work part time. They also take almost all paid leave days and often miss work. From what I heard, Japanese workers are far less likely to work part time and miss work. I’m not sure how OEDC collects the data, but I would say the difference may reflect the actual working hours rather than headcount. Another difference was the role played by administrative staff. In Germany, you would almost never see them at a nurse station. But in Japan, they were playing key roles th...

となりの芝生はホントに青いか?ドイツと比べる#1 日本で入院。天国にも落とし穴

  ドイツに住んで長い私であるが、昨秋母の入院に付き添い、日本での入院を何十年ぶりに体験した。  驚いたのは現場での看護職の多さだ。 OECD の統計によると、人口千人当たりの看護職員の数はドイツと日本はほぼ同じ 12 人だけれど、 1.5 倍くらいいるように見えるのだ!なぜだろうか。ドイツはパート勤務が半分を占めるのと、有給休暇ほぼ全部消化する上、欠勤がとても多い。日本は欠勤もパートタイム勤務もまだまだ少ないと聞いている。 OECD の統計の取り方はわからないけれど、おそらくこの差は実働時間の長短からくるものではないか。     看護職が多く見えるのは、看護師によるものだけではない。ドイツのナースステーションでは姿を見ることのない事務職員さんが活躍していたのだ。ドイツだったら看護職員がするであろう、病床への案内や滞在中の注意、金銭・事務的な事を患者さんに説明していた。看護職員は医療に集中できるわけだ。ナースコールを押すと割とすぐに来てくれるし、飛躍しがちな高齢の母の話にも耳を傾けてくれた。ナースコールが形骸化していた(最近は少し改善したが)ドイツから来た私にとっては天国に見えた。  でも、後から天国にも落とし穴があったこともわかった。 母が受けたのは、ドイツだったら高齢者であっても数日(若い人なら日帰り)で退院するような軽めの手術だった。 2 日後にはほぼ回復していたのに、入院は 5 日と長かった。これが後遺症を残した、と私は思っている。退院後、自宅に戻ったら、玄関の段差が克服できなくなっていたのだ。「よいしょ」と声をかけながら何度も試みたが、できない。長い入院により、元々弱かった足腰がさらに弱ってしまったようだ。その結果、その後は立ち上がることも難しくなり、自宅に住むことができなくなってしまった。  ドイツは約 20 余年前、それまでは国際比で長かった在院日数を短くするため、患者を短時間で退院させるほど病院が儲かる仕組みに変更した。以来、傷が完全に治っていなくても退院させられことが増え、患者にはしんどい制度になった。メディアでは「出血退院」などと批判もされた。一方で在院日数短縮は、医療費削減のためだけではなく、患者の健康回復のため、とも当時言われていた。すっかり忘れていたが、今回はこれを母の身をもって体験させられた形だ。そして、患者に厳しめのドイツの...

Supporting my fav seniors #17 Getting a little revenge with Japanese New Year cuisine “Osechi Ryori”

  Mrs. A: “I should start buying ingredients for Osechi Ryori pretty soon. Stores must be crowded next weekend, and I’d rather avoid that.” Mrs. B: “Wow, you’re making Osechi yourself? That’s a lot of work to do. How nice of you! It that because you’re having a family gathering?”   Mrs. A: “No, we aren’t getting together. But my husband now has no one to visit and enjoy Osechi together for New Year. So I kind of feel sorry for him.” Mrs. B: “But it sounds like life is much easier now. You no longer need to visit your husband’s parents’ house, helping prepare Osechi and acting as “good daughter-in-law” every minute. What a relief! It must feel as if you were in heaven.”   I overheard this conversation with big laughs between two women, probably in their mid-70s, at the sauna of a local gym. They went on and on, talking about how painful it had been as daughter-in-law to visit the husband’s parents’ house for New Year.   While listening to this conversa...

推し活とプロダクティブ#17 お節料理という小さな「フクシュウ」

  A さん「そろそろお節の材料なんかの買い出しよね、来週末だと混みそうだし … 」 B さん「あら、お節をつくるの?面倒なのによくやるわね … 、家族が集まるから?」   A さん「集まらないんだけどね、うちの夫、お節を食べに行く先も無くなってかわいそうだから」 B さん「でも、楽になったわよね、大晦日から夫の実家に行ってお節を手伝って、気を遣って、それがないだけで天国よね」   と、スポーツクラブのサウナで目を合わせて大笑いするのは 70 代真ん中くらいの女子 2 人。 ここからはずっと、嫁として夫の実家に年末年始に行く辛さが語られていたのだけれど … 。   そんな会話に耳を傾けながら気になったのは、 A さんの言葉と表情のミスマッチ。 親がなくなり実家での集まりも消滅、年始の訪問先もなくなった夫のためにお節をつくるのが面倒と言いながらも、 A さんの表情は少し嬉しそうなのである。   夫の実家でいいお嫁さんをやるのがいかに大変だったか、 40 年頑張った自分を褒めたいというトークに耳を傾けながら、ミスマッチの背景を想像。 多分、定年退職してからは出る先や付き合いは家族がらみのみになった夫と、子育てが一段落し、仲間を増やしていく妻の組み合わせ。   今までは夫の実家で、お節を手伝い、気を遣うばかりだった自分にくらべ、お酒を飲み、なにも動かない夫にイライラしてきたけれど … 。 今になってみれば、自分は楽しんでいるけれど、夫はひとり家で過ごす毎日に、復讐とまでいかないけれど、少しだけニヤニヤしている?   これまでより時間も気持ちも余裕のある今、丁寧に作ったお節をだしながら感じるのは小さな優越感? いや〜、お節を誰かに作るというプロダクティブの裏にある悲喜交々、複雑だわ … 。   ---------------------------------------------------------------------------- 東海大学健康学部健康マネジメント学科 ウェルビーイングカレッジ 澤岡詩野( SHINO SAWAOKA ) jzt1864@tokai.ac.jp 健康学部公...

Cutting-edge Daily Life of Elderly #12 Afraid of falling? Not to worry!

  In FY2024, about 11,200 people aged 65 or over died (indoor and outdoor) due to falling, more than five times as many as road traffic deaths (about 2,100). You can say the number is quite significant as a cause of deaths other than illness.   Number of deaths among people aged 65+ due to traffic accidents (blue) and falls (orange): 2024 Source: Ministry of Health, Labour and Welfare. 2024 Vital Statistics (definite figures).   One day, as I got off an escalator at a station on my way home from work, I found an older man lying face down. People around him also noticed him and kept looking from a distance. It seemed like he tripped on the escalator and hit his face. His glasses were cracked, and blood was coming out of his forehead. His mouth was also cut. As I approached him to ask if he was all right, a young man, maybe in his 30s, smoothly came over and sat down in front of him. “Are you all right? Can you hear me? Does anything hurt?” The young man c...