農林水産省の「令和4年度6次産業化総合調査」によると、全国の農産物直売所数は22,380店、年間総販売金額は1兆879億円。その効果は生産者の所得向上だけではなく、そこに集まる人々の交流の場としての役割も果たしているようだ。
私の住んでいる川崎市には184か所の農産物直売所がある。そしてわが町は相続などで畑を手放した家も増えたが、まだ農家として頑張っているところもあり、生産直売所が徒歩圏内に4~5か所はある。
いつも行くのは歩いて2分ほどのゴミ集積所の近くにある通称「ミナミ」。昔からの屋号である。500円玉1つでさまざまな野菜や花を買うことができる。


「いらっしゃい」との掛け声に、
「おはよう。今日は何がおいしい?」
「この菜っ葉はどうやって料理すればいいの?」
「このまえのお野菜、甘くておいしかった」
そんな会話からおばちゃんとのやり取りが始まる。おばちゃん・・・セツコさんは年のころ80歳。数年前にご主人を亡くされ、大きな火傷を負ったり、がんの手術を受けたりしたが、今も元気に野菜を売っている。畑仕事は息子夫婦が継いだ。
決してすこぶる愛想が良いわけでも、要領が良いわけでもない。
でも、みんなミナミが大好き。
道路から畑が良く見えて、ゴミ出しに行きながら野菜や花の成長を観察できるのも人気の秘密だろう。ゴミの集積所では、「そろそろ大根ができるね」、「サトイモが楽しみだな。」「え、キャベツが出そうなの?」そんな会話もしばしば。
スーパーだと品数が多すぎて何をいくつ買ったらよいかわからないという82歳父もミナミでの買い物はお手の物。「白菜買っておいたぞ。漬物にちょうどいい大きさだった。」「泥付きネギが安かった。育ちすぎのきゅうりをおまけにもらった。」など、嬉しそうに話す。
夫が亡くなったのをきっかけに山口県から移り住んだ義妹の母は近所に知り合いが誰もいないが、ミナミには足しげく通い、おばちゃんとも仲良し。ちょくちょく野菜や花のおまけをもらっている。お客さんとも顔見知りの間柄になっているようで、犬散歩の途中で立ち話することも増えた。
昨年末もお節料理に欠かせない野菜たちが店頭に並んだ。
「サトイモはいつまで買える?」「もう終わっちゃったよ。これからだったらヤツガシラかな。」
「白菜、こんなに大きいのは食べきれない」「じゃあ明日小さめのを用意しておくからまたおいで」
「小松菜、もう少し欲しいな」「ちょっと待ってな。今息子に畑からとって来させるから」
「パンジーを買いたいんだけど」「3ポットで1ポットおまけするから好きなのを畑から選んでおいで」
セツコおばちゃんとのこんなやりとりが楽しい。
そして、なんといっても夏の枝豆ととうもろこしのシーズンは大盛況。
朝9時オープンだが、早朝から大行列。暑い中、日影がないので汗だくになる。ベビーカーで子どもを連れてきているママさんや近所のシニアたち、奥さんに買い物を頼まれて自転車で駆け付けたパパさん、お使いに一人で来たちびっ子。様々な人が並んでいる。
「暑いですね。ここの順番とっておきますからお子さんを日影に連れて行ってあげて」
「わたし、椅子をもってきましたから座りますね」
「日傘に一緒に入りましょ」
「ボク、この麦茶飲みながら並びな」
「この枝豆ととうもろこしさえあればビールがうまいんだ」
待ち時間にはこんな会話があちこちで交わされる。
そのうち、「今日は一人3袋ですって!」伝言ゲームのように列の前から後ろに情報が飛び交う。
9時になると飛ぶように枝豆、とうもろこしが売れていく。最後の方になると、「私、今日は1袋にしておくわ」「とうもろこしはまた明日にするね」と後の人のことを考えた買い物になる。もはや暑さを共に耐えた仲間になっている。
一方でセツコおばちゃんは行列を捌くのに手いっぱい。3人も入ればギュウギュウの店内。当然会計は現金のみ。レジなんてないから暗算になる。あれもこれもと買うお客さんにあたふた、あたふた。
そんなときも「おばちゃん、●●円だよ」「次はこちらのお客さん!」「おつりないの?じゃあ私細かいのがあるから先に買うね。それでおつり出してあげて」
みんなで売ってみんなで購入している。
生産直売所、ミナミ。ここでは野菜をきっかけに会話の掛け合いによる品物の売り買いの楽しさを再認識させられるとともに、子どもからシニアまで、みんなが「ご近所さん」であることを実感できる。
新しい井戸端会議の場から近所の人たちとの緩い関係がひろがっている。
Written by M.K.
※川崎市184か所の農産物直売所
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