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イマドキシニアの日常生活#6 好きこそものの上手なれ

一昔前、定年後の男性はぬれ落ち葉などと言われ、地域に根がないために仕事も趣味も仲間もなく、妻に頼り切って離れようとしないとされていた。

 現在は、女性も定年まで働く人が増え、地域に居場所がなく男性と同じ現象が起きつつある。実際、長く老年学の世界で研究者として活躍していた方でさえ、自身が退官を迎えるとなったとき、「さて、何をしたらよいか」と首をひねったという。 かくいう私も定年年齢が見えてきた今、その後続く40年ともいわれる長い月日をどう過ごすのか決めかねている。

 そんな中で出会った先輩女性たちの輝く姿に勇気をもらった。


 

 「私、パンオタクなのよ。」3年前にオープンしたパン教室のS先生はそう語ってくれた。

もともとは大手クッキングスタジオのブレッドコース講師として長く働いていた。それがコロナ禍でレッスンができない日々が続き、教室の統廃合が行われると、給与の高いベテラン講師がカットされるようだといった噂が流れ始め、なんとなくザラザラとした空気がスタジオ内でも流れるようになった。そんなある日、同じ教室で働いていたD先生が「ねぇ、この際、自分で教室をオープンしようと思うんだけど、一緒にやらない?」と声をかけてきた。S先生としては、漠然とパン屋でパートとして働こうかなと考えていただけに、「え?無理無理。私、自営の経験もないし。」と一度は断った。しかし、教室の物件探しや内装工事業者探しなどの面倒なことは全てD先生が引き受けてくれることに加え、D先生が大病を経験しており、残りの人生を自分も周りの人もハッピーに過ごせるようにしたいという熱い思いに心を動かされ、それならばと2人で立ち上げることとなった。

  コロナで資材が届かない、良い物件がみつからないなど、さまざまな苦労がありつつも、1年半という超スピードでオープンまで漕ぎつけた。

 S先生とD先生の性格は正反対。D先生はインテリアや小物など細部にもこだわりたいタイプ。一方のS先生は「パンさえ作れればなんでもいい」タイプ。それが運営上、良い調和となっている。2人のレシピもほぼ重ならない。D先生は季節を意識した遊び心満載の変わり種レシピ、S先生は凝った成形のパンや蒸し器を使った中華系のレシピなど。

 2人で始めたパン教室だが、それだと生徒数に限界が生じる。軌道に乗り始めたころ、ケーキの講師が加わり、米粉パンの講師が加わった。さらにはD先生の母「マザーエリザベス(ME)」も80代後半にして講師デビューを果たした。MEの担当は家庭でできる発酵食品。D先生がレッスンの合間に提供したらっきょうやしそジュースがあまりにおいしくて作り方を教えてほしいというリクエストがあり、MEのレッスンが始まった。ただし彼女は現役バリバリなので季節限定の開催だ。彼女曰く、「あたくし、忙しいのよ」。



こうしてバリエーションが次々と広がると生徒もいろいろな人が参加するようになる。小学生もいれば男性も高齢者もいる。主婦もいれば学生もいるし、医師もいる。初心者もベテランも様々。この場がなければお互い出会わないような人たちの組み合わせだ。「パン好き」を介して笑顔の輪が広がる。心地よい空間が生まれた。

 予約はReservaというアプリから行うが、個別にお願いすればスケジュールにない日でもレッスンを開講してもらえる。「私たち、機械に弱くて載せるのが面倒だから。いつでも連絡してくれれば開講しますよ。」と融通無碍。

 そんな中、D先生の知り合いのAさんが認知症を発症。デイサービスに行く代わりに夫とともにパン教室に通ってくるようになった。AさんはいつもD先生とマンツーマンのレッスン。ご自分のペースでパン作りをする。一方で隣のテーブルでは特にその方について説明することもなく、S先生を中心に、普通に、いつも通りにレッスンを行っている。Aさんは少しずつ認知症が進行し、できないことが増えてきているが、夫が慣れない手つきながらもできない部分をフォローすることで通い続けることができている。Aさんにとっては、外出すること、手を動かすこと、人と話すこと、大好きなパンの焼けるアロマのような良い香り、すべてが良い効果をもたらしているようだ。

 S先生もD先生も特に認知症に対する知識が深いわけではない。しかし、たくさんの人と接してきた中で、対話の大切さを習得し、無意識に動機づけ面談を行っている。

 柔らかい心で、どんなコトでもヒトでもドンと受け入れられる器がある。それこそ年を重ねた熟練のなせる業であろう。

 



定年後の生活、「何をしたらよいかわからない」という前に、「何をしていたら心地よいか」を考え、自分が好きなことに飛び込んでみる勇気が必要だということに気づかされる。そして「できっこない」よりも「まずはやってみよう!」という気持ち。さらには自分に足りないところを補ってくれる知人、友人の存在も重要だ。1人では無理なことも2人、3人と集まれば知恵も力もネットワークも広がる。そして現状に甘んずることなく、常に「好き」を発展させていく好奇心も大切。ing形であり続けること。

笑顔いっぱい、元気いっぱいに活動している先生方からそんなヒントをいただきつつ、自分の将来設計をポツポツと考え始めている今日この頃。

(鹿嶌 真美子)

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conakucha予約サイト: https://reserva.be/conakucha


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