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イマドキシニアの日常生活#7 セルフリエイブルメント!?

 

厚生労働省は,令和 7 年度までに通いの場の参加率を令和 4 年度の 6.2%から8%まで高めることを目標と掲げており,健康寿命の延伸に向けて,通いの場のさらなる 拡充を求めている。さらに,通いの場の参加者において,男女比は男性 20.4%,女性 79.6%と女性が大半を占め,主な活動内容別の通いの場の箇所数は、体操(53.9%)、会食(2.7%)、茶話会(13.0%)、認知症予防(3.6%)、趣味活動(20.7%)等となっている(注)

 

先日、植物のシルエットや色素を自然のままの姿で布地へと染め写すエコプリントのワークショップに参加した。参加者は私を含め女性3名。先生から作業手順の説明を受けていると、奥の部屋からゴソゴソと男性が俯きながら出てきた。

「私の主人です。作業を手伝ってくれているの。よろしくね。」そう紹介されたが、ご主人は俯いたまま。人見知りなのかな、そんな風に一瞬思ったが、作業が始まるとすぐに忘れてしまった。

今回使った植物はほとんどは先生が採取したもの。もみじ、女郎花、ケール、チューリップ、バラ、マーガレット、山椒の葉、万作の葉、スターチス、漆の葉・・・・いろとりどりだ。

「見て、これかわいいでしょ。カントウタンポポといって、絶滅危惧種なの。医療少年院跡地に群生している株を3か所の少年院に移植して育成し、その後跡地に新たにできる施設完成後に戻すこととなっているのね。それを主人がボランティアで手伝っていて、株を分けてもらったのよ。」ご主人の方を見ると、満足そうに頷いている。教えてくださったタンポポは本当にかわいらしい。春らしい黄色だ。よし、絶対に使おう。そう思って3つほど布に並べてみた。

自分の感性で植物を並べていると、ご主人が少し離れた位置からそっと眺めてくれる。「あら、あなたもやりたくなったんじゃない?」先生にそう言われるとプイッと庭仕事に出て行ってしまった。

植物を並べ終え、媒染液を浸した布をあててグルグルと糸をかけた後は1時間の蒸らしタイム。先生がおやつを出してくださった。「悪いんだけど、庭にいる主人を呼んでくださる?『おとうさーん』と言えば分かるから」

「お父さーん、おやつの時間ですよ。ご一緒しましょう。お父さーん」掃き出し窓から声をかけると、手を挙げて初めてニッコリと笑ってくれた。

先生、ご主人、私たち生徒3名でテーブルを囲むと、先生がおもむろに「主人はね、82歳なんだけど顎下がり病なのよ。原因が分からなくてね。」と話し始めた。これまで終始俯いていたわけがようやくわかった。生徒の一人がご主人に「首に巻かれている藍染のスカーフ、素敵ですね。先生の作品ですか?」と尋ねると、「そう。たくさんあるんだけどね、これが一番今の状態に合ってるの。はじめは病院で出してもらったコルセットをしていたんだけどさ、結構苦しくて。シルクの、もう少し厚手のものもあるけど、それだと顎が上がりすぎてすぐ疲れちゃう。この麻の生地が柔らかさも厚みもちょうどいい。藍は虫よけにもなるしね。」照れくさそうにそう答えてくれた。

「病院ではさ、もうやることが何もないっていうの。だから来なくていいって。そんで、近くの体操教室へ行けっていうんだよね。」ちょっと不満気に話すご主人に私は思い切って聞いてみた。「体操教室には行かれているのですか?みんなで同じことをするのはいかがですか?」するとご主人は即答した。「行っていない。みんなと一緒なんてまっぴらごめん。しかも俺は、誰かに指導されるのが一番嫌いなの。だからさ、自分でメニューを作って家で女房と体操しているわけ。」聞けば、姪っ子が日体大卒で、地域で高齢者を対象に体操教室を行っているのだそう。彼女からご主人に合いそうな体操をいくつかイラスト入りで印刷したものをもらっていて体調に合わせて実行しているとのこと。「もうね、だいぶ顎が上がるようになってきたんだ。あとはね、あんたが使っていたタンポポのように、自然環境を守るボランティアに参加するとね、楽しいし元気になるの。」なるほど。セルフマネジメントしているわけだ。

「あとね、主人は6時きっちりに夕飯を食べないと気が済まないのね。でも私、染の作業があるでしょう。だから最近はずっと主人が夕食当番なの。買い物も行ってきてくれるのよ。」先生がそう話すと、みんな一斉に「わーすごい!お父さん、何でもできるんですね。」と歓声を上げた。ご主人は照れまくり。「私なんて、毎日お昼を過ぎると、今夜は何にしよう?ってメニューを考えていて、疲れます。ご主人はどうやってメニューを考えているのですか?料理の本を見ながら作っているんですか?」と尋ねると、「そんなもん、いつも食べるものはそれほどたくさんのレパートリーはいらないから、いくつか覚えたらそれを順番に作ってるだけ。料理の基本が書いてある本があるから、それを見ながらね、覚えたよ。」得意気にそう答えてくれた。

おそらく、ご主人は元々とても知的な方で好奇心も旺盛だったのだろう。手先も器用そうだ。そして部下がいて指示する立場だったのではないだろうか。

通いの場に行くのが苦手だという男性が多いと聞くが、ご主人のように自分自身で自らを分析し、落ちた機能を取り戻すことを楽しみなが行うやり方もアリかもしれない。ご主人の気質を理解している奥様と姪っ子さんのナイスなサポートが功を奏している。ボランティアに出かけたり、私たちのような、奥様の生徒とにぎやかにおしゃべりすることもきっと相乗効果となっているのだろう。

 

1時間後、蒸らし終わったスカーフの糸をほどき、型にした植物を取り除くと、息をのむほどに美しい自然の色合いが布に映し出されていた。ご主人の採取したカントウタンポポもきれいな黄色に染まっている。「お父さん、きれいに色が出ました!」報告すると、嬉しそうに眼を細め、何度も頷いてくれた。

 全て片付けて帰る頃には夕方。ご主人は早速味噌汁づくりに専念。

「お世話になりましたー!ありがとうございました!!」お礼を述べると、こちらは見ずに、おたまを持ち上げての挨拶。

 格好いいね、お父さん。

   



 (鹿嶌真美子)

 

 

 

(注)厚生労働省老健局老人保健課「介護予防・日常生活支援総合事業等(地域支援事業)の実施状況(令和2年度実施分)に関する調査結果(概要)」より

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