内閣府の調査によると、社会活動に参加したいと思わない理由として、男性80歳以上で最も多かったのが「健康・体力に自信がないから」45.5%、次いで「同行の友人、仲間がいない」22.7%、そして「人と付き合うのが億劫」19.7%、となっている(注)。
自分も仲間も年を重ねたことで、心身ともに昔のようには動けないことに自信を失っているのかもしれない。
退職後も障害者施設の理事長や民生委員、町内会の役員、老人クラブの役員など、忙しくしていた父。年に数回は株主の旅行や山梨の友人の家に遊びに行ったりもしていた。
しかし、母に介護が必要になってからはすべての役職を降り、旅行にも行かなくなった。
母を見送って5年がたつが、今は買い物や通院以外、ほとんどどこへも出かけない。
外食に連れ出すのも一苦労。「いいよ、家で食べるから。」が口癖。レストランに行ってメニューを見て食べるものを選ぶのが面倒な様子。
友人のところへまた遊びに行ってはどうかと促してみるが、生返事をするだけで連絡をとることもしない。行ってから帰ってくるまでのいろいろな手続きを考えるだけで気持ちが萎えてしまうようだ。
先日、パンを買いに近くのスーパーまで歩いて行ってきたところ、「足が弱った。最近は歩かないもんなぁ。」と体力の低下を自覚し、しみじみ呟いていたことを思い出す。
「なんとか外へ連れ出したい。」そう思っていた矢先、テレビで蛍の映像が立て続けに2度、3度と流れた。「蛍っていうのはそんなにきれいなのかな。」父がそう私に聞いてきた。え?父は蛍を見たことがないの?田舎育ちだから、当然見たことがあると思っていたのだが。
「お父さん、蛍ってね、言葉で言っても伝わらないくらいに幻想的で儚くて美しいのよ。あのきれいさは実物を見ないと表現できない。生涯で1回は絶対に見た方がいいよ。よし、見に行こう!」すぐに行動に移した。
「関東で蛍を見るならば6月の中旬までがベスト。少し蒸し暑くて、風がない晴れた日が良い。」ネットを検索するとそう書いてあった。関東は間もなく梅雨のシーズン、急がねば!
以前行ったことがある修善寺や奥多摩の方は泊りがけでないと行けない。近場でその日のうちに帰れるところは・・・あった!よみうりランドに併設されている植物園、HANABIYORIだ。週末の天気予報は曇り。よし、決まり!早速チケットをとった。
6月3日に話をして、5日にチケットを購入、観賞日は7日。父を誘うのはあまり早くても遅くてもダメだ。5日の夜、夕飯後に運転手となる弟が父の家に来たタイミングで伝えた。「土曜日に家族みんなで蛍を見に行くよ。もうチケットをとったからね。」・・・父は「行かない」とは言わなかった。
さて当日、夕飯を済ませて19時に出発。夜から出かけるなんてみんな久しぶり。不良気分でワクワク。会場までは父にとってなじみのある街並みを通っていった。学生時代にアルバイトをしていたところ、現役時代に働いていたところなど、思い出が次々に蘇ってくるようで、車の中でも饒舌になった。「以前はここは××だった」「仕事でよくここまで来た」「あそこの交差点は通称〇〇っていうんだ」楽しそうに流れる景色を眺めては話していた。
少し早めに到着したので植物園を散策していると、花とイルミネーションで飾られたフォトスポットがあった。勢いで「写真を撮ろう!」と誘ったら写真嫌いの父が珍しいことに一緒にカメラに収まった。貴重な記念の1枚となる。
そうこうしていると予約の20時30分になり、入場の列に並んだ。
蛍観賞エリアの入り口からソロソロと歩いていくと、間もなく遠くの草むらの陰からほの明るい光が飛び交う様子が見え始めた。暗がりにまだ目が慣れていないので、よく目を凝らさないと見えにくい。「お、いた。飛んでるな」父は初めての蛍をみつけるも、ちょっと遠すぎてテンションは低め。列の後ろの方から控えめに眺めている。
そこから奥へ奥へと進むにつれ蛍の数が増え、右へ左へ、上へ下へとすぐ近くで光が舞うようになってきた。
「葉から葉へ飛び移るときに光るんだな」「お、あそこには3匹も飛んでるぞ」「あ、こんな近くにとまってる」父のテンションも徐々に上がってきて、草むらに乗り出すように見始める。
そのうち、1匹、2匹と父の周りを今にも肩にとまりそうに飛んできた。「おー、来たぞ来たぞ。こっちだ、こっちだ。かわいいな。きれいだな。」大喜びである。
運動不足の父も緩やかな坂を幾度も上ったり下りたりしながら暗闇の中、約1時間、3kmほどを、蛍に導かれて歩き切った。
車に戻り、帰りは疲れて眠ってしまうかと思ったが、興奮冷めやらず。ずっとオシャベリが続いた。家に帰ると猫たちに「蛍がいたぞ~。」と報告していた。
連れてきてよかった。
年を取ると、何かをすることが億劫になりがちだ。その瞬間は「行きたい」、「見たい」、「食べたい」と思っても、時間がたつと、「やっぱり面倒くさい」となってしまう。日々を変わらずに生活することに精も魂も使い切ってしまうのかもしれない。それでもいい。平凡な日々は大切だ。
が、1年のうちに何度かは「トキメキ」も必要ではないか。心が上がる⤴⤴⤴できごとは必ずやプラスの効果をもたらす。
父の場合は蛍観賞により、3kmのウォーキングができた。家族と夜遊びをした。ほかの生き物にはないあの美しさを心に留めた。
あと何年、一緒に過ごすことができるか分からないが、父との会話から「トキメキ」を逃さずにキャッチしていこう。そしてまた猫たちにそっと「楽しかった報告」をしていることろを盗み見させてもらおう。
<鹿嶌 真美子>
注:内閣府 「令和3年度高齢者の日常生活・地域社会への参加に関する調査」より
https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/r03/zentai/pdf_index.html
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