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イマドキシニアの日常生活#12  転んだって大丈夫

 65歳以上の高齢者の転倒・転落・墜落による死亡(屋内外)は2024年度には1年間で約11,200人、交通事故(約2,100人)の5倍以上となっている。病気以外での死亡原因としては少なくない数字と言えよう。

 

65歳以上の交通事故と転倒・転落・墜落の死亡数(2024年)

出典:厚生労働省 令和6年(2024)人口動態統計(確定数)

 

 

ある日の仕事帰り、駅のエスカレーターを降りると、降りきったところに一人の高齢男性がうつ伏せに倒れていた。周囲の人たちも気づいて少し遠巻きに様子をうかがっている。

どうやらエスカレーターで躓いて転倒し、顔を打ったようだ。眼鏡がズレてひびが入り、額からは血が出ている。口も切っている。

「大丈夫ですか?」と声をかけようと近づいていくと、30代くらいの青年がスッとその男性の前に座り込んだ。

「大丈夫ですか?分かりますか?どこか痛いところはありますか?」と大きな声で呼びかけた。「あ、、、大丈夫です」高齢男性は消え入りそうな弱々しい声で返事をした。「よし、意識はありますね。」そう言って青年が高齢男性の様子を確認するや、「あなた、駅員さんを呼んできてください。あなたはあそこのコンビニに行って絆創膏を買ってきてもらえますか。あなたはこの男性に声を掛け続けてください。それと、ここは危ないので少しだけ移動させてあげましょう。手伝ってください。」

「テキパキ」と音が聞こえてくるかのように周囲の人々に指をさして指示を出し、同時にその高齢男性の傷口をハンカチで抑えて止血したり、自分の鞄を枕代わりに頭の下においてあげたりした。指示を受けた人たちは一斉に役割を果たすべく散っていく。私はというと、とにかく声を掛け続け、安全な場所への移動を手伝った。

そうこうしていると一人の方がコンビニから戻り、一人の方が駅員さんと2名の男女を連れて戻ってきた。今度はそのうちの女性が高齢男性に駆け寄り、無駄のない動きで脈をはかり、声を掛け、傷の具合を確認する。そしてみんなにこう伝えた。「みなさん、私たちは医師です。救急車を手配しましたからもう安心です。ご協力ありがとうございました。もうお帰りいただいて大丈夫です。あとは私たちにお任せください。」

そう言われて周りの人たちは安堵の顔を見せ、サーっと波が引くようにそれぞれの帰途についた。

先ほど的確な指示を出してくれた青年は?と見渡すと、すでにその場を離れていて姿はなかった。

ここまでおそらく15分かかっただろうか?ドラマの撮影だった?と思うほどに鮮やかな連携プレイ。転倒した高齢男性の知り合いは誰もいない。周りの人たちも他人同士。救護活動などに慣れているはずもないのに、「いざ」というときにはこんなに気持ちよく助け合える。動ける。そして誰も名乗らず、淡々と帰っていく。

日本人ってすごい。青年、あっぱれ。とても爽やかな気持ちになり、感動してしまった。

 

高齢者に転倒事故による死亡が多い事実はある。だが、だからといって外出を控えるのはちょっと待ってほしい。周りの人たちがこんな風に助けてくれればきっと大丈夫。あなたを見えない絆が守ってくれるはず。




<鹿嶌 真美子>

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