認知症とともに生きる人の「暮らし」を考えていくとき、日々の生活に関わる多様な人の存在が欠かせません。中でも、地域づくりのキーマンとして各市区町村に配置されている「認知症地域支援推進員」のみなさんは、本当に心強い存在です。
ここ数年、いくつかの自治体で推進員のみなさんとご一緒する機会がありました。研修の企画や講師、あるいは現場での日頃の悩みをお聴きする中で、私自身、この役割の「大きさ」と「難しさ」を、これまで以上に強く感じるようになっています。
実は、推進員になる方の多くは、もともと目の前の一人ひとりに向き合う「個別支援」を中心にしてきた方々です。それが推進員になった途端、「地域づくり」という大きなミッションを担うことになり、その役割の変化に戸惑ってしまう方も少なくありません。
現場のリアルな声に耳を傾けると、こんな切実な思いが聞こえてきます。
「推進員の役割が職場で十分に理解されていない」
「目の前の業務を回すだけで精一杯で、地域に十分目が向けられない」
「地域の方にどう伝えればいいのか、自分の言葉が見つからない」
さらに、地域の中には「認知症になったらおしまい」「どうすれば予防できるか(ならないで済むか)」という不安や先入観が、想像以上に根強くあります。もちろん、地域の人たちは悪意があるわけではありません。けれど、その言葉やまなざしは、認知症のご本人やご家族にとって、ときに「見えないバリア」となって、立ちはだかることがあります。
このバリアを前にして、推進員のみなさんは「自分に何ができるだろう」「どうすれば、この先入観を少しずつ変えていけるだろう」と問い続けています。その問いに向き合うために大切なのは、ご本人の声を聴くことはもちろん、「知識として学ぶだけでなく、実際の場面を自分自身の言葉で考える機会」をつくることではないかと考えました。そこで、文部科学省の研究費助成(JSPS科研費 JP21K01985)をいただき、仲間とともに「ケースメソッド」を用いた研修教材の作成に取り組んできました。
ケースメソッドとは、ビジネススクールなどでも活用されている学びの手法です。「ある困難な場面に直面している主人公」になりきり、「自分ならどうするか」を考え、仲間と対話します。正解を学ぶのではなく、考え方そのものを深めていく方法です。
私は大学院でこの授業を担当していますが、正解のない問いに向き合う福祉の仕事とは、非常に相性が良いと感じています。今回の教材づくりでは、推進員のみなさんが現場で実際に直面しやすい「悩み」や「戸惑い」を物語(ケース)にしました。
その一つを、少しだけご紹介します。
【ケース教材】認知症になんかなったらおしまい…?!
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ストーリーのあらすじ
推進員になって間もない地域包括支援センターの社会福祉士の斉藤さん。十分な引き継ぎもないまま、業務に追われる日々です。ある日、地域サロンに長年通っていた秋山さんが認知症と診断され、家に閉じこもってしまいます。家族も「もう施設に入れるしかないのか」と悩み始めます。以前、サロンの住民から言われた「認知症になったらおしまいだよね」という言葉に、何も言い返せなかった苦い経験がある斉藤さん。地域に根強い先入観とどう向き合い、推進員としてどんな「一歩」を踏み出すべきか。斉藤さんと一緒に、あなたならどうするかを考えます。
本ケースでは、次の2つの設問をもとにディスカッションを行いました。
① 斉藤推進員はどのような課題に直面しているか
② 今後、どのように支援を展開していくか(理由も含めて)
①の「直面している課題」については、本人や家族だけでなく、地域住民や専門職、さらには組織としての体制など、多層的な視点からさまざまな意見が出されました。
②の「アプローチ」については、たとえば、
・秋山さんご本人のこれまでの暮らしや思いを丁寧に聴き、これから何を大切にしたいかを確認する
・家族に対して、周囲の支えがあれば地域での暮らしが続けられる可能性や、家族同士が支え合う場(ピアサポート)を提案する
・斉藤推進員が一人で抱え込まないよう、包括のスタッフやセンター長に働きかけ、体制づくりにつなげる
といった多様な考え方が共有されました。
ケースメソッドでは、こうした一つひとつの考えについて、「なぜそのアプローチが必要なのか」「どのような意味があるのか」という理由も丁寧に確かめながら議論を深めていきます。こうしたプロセスを通して、多面的に状況を捉え、実践につながる学びを共有していきます。
ケースメソッドは、一度に多くの人が受講できるものではありませんが、参加者がともにじっくり考え、語り合う時間を持つことができます。そこでは、一人ひとりの経験が貴重な教科書になります。「そんな考え方もあるのか」と視点が広がることで、地域での“次の一歩”が少しずつ形になって見えてきます。こうした学びは、専門職に限らず、私たち一人ひとりにも通じるものかもしれません。
日本福祉大学 福祉経営学部 中島民恵子(Taeko Nakashima)
https://www.nfu.ne.jp/

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