先日、母の旧い友人Mさんが訪ねてきた。
母は6年前に他界した旨を伝えたが、それでも構わないとのことだった。
母とMさんは20代の頃に3年間同じ障害児施設で先輩後輩として働き、同じタイミングで結婚が決まり、2人とも退職。Mさんは伊豆下田で蕎麦屋、母は川崎で駄菓子屋をそれぞれ営むこととなった。
その後、私も幼いころにMさん宅を家族皆で訪れたことがあるそうだが記憶にはない。
それから2人は年賀状のやりとりはしていたものの、お互いに忙しく毎日を過ごしているうちに、あっという間に半世紀あまりがたってしまった。
Mさんは昨年11月、ひざを痛めて手術をしたことをきっかけに、年齢を考えて店をたたむことを決心した。「最後の日は近所の方たちがみんな集まって惜しんでくれたの。続けてきて本当に良かった、地域に愛されていたんだなと思って嬉しかったわ。」
「それで、年が明けて、暖かくなってきたので、これからは懐かしい場所や旧い友人を訪ねる旅をしようと決めたの。80歳を超えたから、動けるうちにあちこち行って見ようと思って。」
―そういうことだったのか。
東京に住んでいる娘のところに夫婦で泊まり、タクシーの運転手をしている孫がMさん希望の場所へ連れて行ってくれる。その「行きたい場所リスト」の一番最初が母のところだったそうだ。
リビングに座ると、Mさんは働いていた当時の施設のバッチを取り出しながら、「私、あなたのお母さんには本当にお世話になったのよ。」そう言って私の知らない若いころの母の話をしてくれた。
お返しに私はアルバムを見せながら、Mさんの知らない母について、ひとしきり昔話をした。
「次はどちらに行かれるんですか?」私が尋ねると、「昔の職場に行って見ようと思って。もう建物も立て替えてるし、名称も代わっているみたいなんですけどね。」と言ってスマホ画面で今の施設の写真を見せてくれた。
おそらく、もうお会いしないであろう母の友人。
たった3年間一緒に働いただけなのに、最後の旅で「会いたいリスト」の一番に挙げてくれたMさん。
「お会いできてよかったわ。さようなら。」帰り際に挨拶をすると、ギュッと胸が締め付けられ、せつない気持ちになった。
<鹿嶌 真美子>

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