日本では、認知症とともに生きる人が、希望と尊厳をもって暮らし続けられる社会を目指し、本人同士がつながる取り組みが広がっています。たとえば、日本認知症本人ワーキンググループでは、認知症の人自身が中心となり、発信や提言を行っています。
こうした動きは世界各国にも広がっています。スコットランドやシンガポール、オーストラリアなどでも、認知症の本人や家族が主体となった活動が展開されています。
「検査の数値は良くなったけれど、本人の生活は本当により良くなったのか?」
という問いです。
■治験というハードルと、本人の役割
認知症の新しい治療法を開発するためには、「治験」と呼ばれる臨床試験が欠かせません。しかし現在、治験に参加する人が不足していることが課題の一つとされています。特に、認知症の初期段階の人を見つけることは難しく、多くの研究が進みにくい要因にもなっていると指摘されています。もちろん、治験には未知の副作用などのリスクもあります。誰にでも勧められるものではありません。そのため、参加するかどうかは、個々の状況や価値観に応じた慎重な判断が前提となります。
こうした状況の中で、Voices of Alzheimer'sの活動の中では、治験への参加を「未来への貢献」として捉える考え方が語られることもあります。自分のためだけでなく、「これから同じ病気と向き合う人のためにデータを残す」という視点です。認知症の人本人がこうした意義を社会に伝えていくことは、研究や医療のあり方を考えていくうえで、一つの力となりうる側面もあるように感じられます。
日本ではこれまで、認知症になってからも安心して暮らせるよう、生活支援や地域での支え合いといった「ケア」の充実が進められてきました。これは世界に誇れる取り組みです。そこに、Voices of Alzheimer'sのような活動が示す視点―「医療や研究のあり方にも当事者が関わっていく」という考え方―が加わると、何が見えてくるでしょうか。
薬や治療を「受ける」だけでなく、
「どのような医療が望ましいのかを、ともに考え、つくっていく」存在。
日本福祉大学 福祉経営学部 中島民恵子(Taeko Nakashima)
https://www.nfu.ne.jp/

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