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認知症の人の「暮らし」を考える#5 アメリカでの認知症本人や家族の取り組み ―「本人・家族の声」を医療へ届ける―

日本では、認知症とともに生きる人が、希望と尊厳をもって暮らし続けられる社会を目指し、本人同士がつながる取り組みが広がっています。たとえば、日本認知症本人ワーキンググループでは、認知症の人自身が中心となり、発信や提言を行っています。

こうした動きは世界各国にも広がっています。スコットランドやシンガポール、オーストラリアなどでも、認知症の本人や家族が主体となった活動が展開されています。

 今回はその中でも、私が最近お話を伺う機会をいただいた、アメリカの当事者団体であるVoices of Alzheimer's(https://www.voicesofad.com/)の取り組みをご紹介します。

 ■「本人の声」が、薬の開発等に生かされる

 Voices of Alzheimer'sは、認知症の早期発見や新しい薬の開発を後押しする「アドボカシー(権利擁護・政策提言)」活動に取り組んでいます。現在の代表であるJimさんは、妻のGeriさんとともに活動を続けてきました。Geriさんは2012年、69歳の時にMCI(軽度認知障害)と診断を受け、「隠れる」のではなく「情熱的に生きる」と決め、数多くの講演活動などにJimさんとともに取り組んできました。彼女は診断から12年後の20248月に亡くなりましたが、早期診断を受けたことも一つの契機として、最期まで自分らしい活動を続けてこられたように思います。

 アメリカには、FDA(米国食品医薬品局)という、新しい薬の安全性や効果を審査する機関があります。これまで、薬の評価は主に専門家や行政によって行われてきました。しかし今、「実際にその病気とともに生きている人の経験」を重視しようという動きが広がっています。

 たとえば、

「検査の数値は良くなったけれど、本人の生活は本当により良くなったのか?」

という問いです。

 この問いに答えられるのは、日々を生きている本人自身であり、ともに暮らす家族がその声を支えることもあります。そうした「声」が、少しずつ医療のあり方に影響を与えつつあります。こうした流れの中で、Jimさんは、FDAの諮問委員会等に関わり、本人・家族の経験に基づく視点を新薬や医療機器の承認過程に届ける活動にも携わっています。

■治験というハードルと、本人の役割

認知症の新しい治療法を開発するためには、「治験」と呼ばれる臨床試験が欠かせません。しかし現在、治験に参加する人が不足していることが課題の一つとされています。特に、認知症の初期段階の人を見つけることは難しく、多くの研究が進みにくい要因にもなっていると指摘されています。もちろん、治験には未知の副作用などのリスクもあります。誰にでも勧められるものではありません。そのため、参加するかどうかは、個々の状況や価値観に応じた慎重な判断が前提となります。

こうした状況の中で、Voices of Alzheimer'sの活動の中では、治験への参加を「未来への貢献」として捉える考え方が語られることもあります。自分のためだけでなく、「これから同じ病気と向き合う人のためにデータを残す」という視点です。認知症の人本人がこうした意義を社会に伝えていくことは、研究や医療のあり方を考えていくうえで、一つの力となりうる側面もあるように感じられます。

 ■「支えられる側」から「ともにつくる側」へ

日本ではこれまで、認知症になってからも安心して暮らせるよう、生活支援や地域での支え合いといった「ケア」の充実が進められてきました。これは世界に誇れる取り組みです。そこに、Voices of Alzheimer'sのような活動が示す視点「医療や研究のあり方にも当事者が関わっていく」という考え方―が加わると、何が見えてくるでしょうか。

薬や治療を「受ける」だけでなく、

「どのような医療が望ましいのかを、ともに考え、つくっていく」存在。

 認知症とともに生きる人は、支えられる存在であると捉えられがちですが、社会や医療を形づくる主体です。こうした本人や家族の関わり方は、日本においてもこれからの大切なテーマのひとつになるのではないでしょうか。

            JimさんとGeriさん


日本福祉大学 福祉経営学部 中島民恵子(Taeko Nakashima

https://www.nfu.ne.jp/





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