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認知症の人の暮らしを考える #6 歩いて見えてくる「くらし」――AARPの取り組みから

アメリカでの滞在中に、AARPのスピーカーのお話を聞く機会がありました。

AARPは、高齢者の生活や権利を支える全米規模の高齢者支援・アドボカシー団体です。その活動はサービス等の提供にとどまらず、「どのような社会で暮らすか」という視点を大切にアドボカシーに取り組んでいる点が印象的でした。

創設者であるEthel Percy Andrusは、「to serve, not to be served(仕えるために存在する)」という理念を大切にしていたと言われています。この言葉には、高齢者を「支えられる存在」としてではなく、社会の中で役割を持ち続ける存在として捉える姿勢が表れているように思います。こうした考えのもと、AARPでは高齢者の権利を守るための強力なアドボカシー活動から、地域社会を豊かにする草の根活動まで幅広く展開しています。

今回は、「AARP Livable Communities」という取り組みを共有したいと思います。これは、高齢者にとって暮らしやすい地域は、結果としてすべての人にとって暮らしやすい地域になる、という発想に基づいたものです。歩きやすい道や安全な横断、気軽に休める場所など、日常の中での小さな環境の積み重ねが、人の暮らしを支えているという視点です。

 今回、特に関心を持ったのが、その一環として行われているAARP Walk Auditです。Walk Auditは、住民自身が実際にまちを歩きながら、歩道の安全性や横断のしやすさ、見通しの良さ、休憩できる場所の有無などを確認していく取り組みです。専門家だけではなく、「そこで暮らす人」が自分の感覚でまちを見直すという点に特徴があります。



この話を聞きながら、認知症の人の暮らしのことが自然と思い浮かびました。

たとえば、少し分かりにくい道や、渡るタイミングが難しい横断歩道、途中で休める場所がない環境は、誰にとっても負担になりますが、認知症の人にとっては、外出そのものを控える理由にもなり得ます。

私たちは、認知症の人の暮らしを考えるとき、どうしても医療や介護といった側面に目が向きがちですが、日々を過ごす「まちの環境」もまた、大きな影響を与えているのではないかと感じます。Walk Auditの興味深い点は、特別な知識がなくても、「歩いてみる」という行為を通して、暮らしやすさを見直すことができるところにあります。認知症の人や家族、地域の人たちが一緒にまちを歩く機会があれば、これまで気づかなかった不便さや工夫の余地が見えてくるなと感じました。日本でも、認知症バリアフリーに向けた取り組みが少しずつ進められています。

全国的に認知症カフェなどをはじめとして、地域の中で人と人がつながる取り組みは広がっています。そうした「場」に加えて、「まちそのもの」を見直す視点を少し取り入れてみることも、認知症の人の暮らしやすさを考えるうえで、一つのヒントになるのではないでしょうか。

今回のAARPの取り組みは、決して特別なことをしているわけではなく、「歩く」という日常の行為の中に、地域を見直すきっかけを見出している点に意義があるように思います。認知症の人が地域の中で暮らし続けることを考えるとき、「歩いてみる」ことから見えてくる小さな気づきの積み重ねが、これからますます重要になっていくのかもしれません。


AARPのWalk AuditのTool Kitは、以下より参照することができます。

https://www.aarp.org/livable-communities/getting-around/aarp-walk-audit-tool-kit.html


日本福祉大学 福祉経営学部 中島民恵子(Taeko Nakashima)

https://www.nfu.ne.jp/

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